月別アーカイブ 9月 2018

著者:事務局

聖書の伝えるメッセージって?

みなさんは、聖書を読んだことがあるでしょうか?
実はそこにはあなたにも関係のある、素晴らしいメッセージが込められているんです!

創造主なる神

全宇宙の創造主なる神は、わたしたち人間を特別な存在として造り、特別に愛して下さっています!
しかしわたしたちは創造主を無視して生きるようになってしまいました。
その結果、人生の本来の意味がわからなくなり、心はゆがみ、 互いに傷つけあい、悪いことを行なうようになったのです。

罪の報い

創造主は、わたしたちが積み重ねてきた罪を不問にすることはできません。
そして、罪の報いは永遠の滅び、地獄の刑罰であると、はっきり告げているのです。

素晴らしい知らせ

しかし、素晴らしい知らせがあります!
創造主はわたしたちへの深い愛のゆえに、なんと人間イエスとなって この地球に来られ、本来わたしたちが受けるべき地獄の刑罰を、十字架で身代わりに受けてくださったのです。
また復活を通して、ご自分が生命の創造主だと証明しました。

聖書の約束

もし創造主に対して自分の罪を認め、イエスの死と復活が自分のためだと 心から信じるなら、あなたは永遠の滅びから救われます!
人生の意味は回復され、創造主と永遠に生きるようになるのだと、聖書は約束しているのです!

著者:事務局

進化論は科学なのか?

科学という言葉を使うと、実験や観察などに基づいて真実を発見している、もしくは客観的な証拠で裏づけられているのだというイメージを持ちます。
この意味では、進化論は科学ではありません。進化は観察されたことがなく、実験することもできず、さらには裏づけとなる客観的証拠も無いからです。

ところで科学には、歴史科学という分野もあります。これは過去に何が起こったのかを調べようとするもので、考古学などはこれにあたります。もし進化論を科学として分類しようとするならば、この歴史科学に入るでしょう。ここで注意しなければならないことは、歴史科学においては解釈が重要な位置を占めているということです。

わかりやすくたとえるなら、歴史科学は探偵の仕事に似ています。
手がかりを集めて調べ、推理して考えたストーリーに当てはめていくのです。そのとき探偵が頭の中に持っている先入観が大きく影響します。同じ事実からでもまったく異なるストーリーを考えることが出来るからです。
ある病院で爆発事故があり、白い服を着た足を引きずって歩く人が病院から逃げ出してきたという事実があるとします。 探偵は「爆発で怪我をしたのだ」と解釈するかもしれませんし、「彼はもともと入院 していた患者だ」「足の不自由な医者だ」などと解釈するかもしれません。
進化論も、生命の多様性や複雑性に対する解釈のひとつに過ぎないのです。

先ほどの例は本人に確認すれば真実が分かりますが、生命や宇宙の起源については確認が出来ません。ですから解釈だけが独り歩きできるのです。もっと言うならば、これは信仰です。なぜなら何ひとつ実証できないからです。
では「生命や宇宙は創造主によって創造されたのだ」という考えはどうでしょう。これもまた信仰です。
これについても実証は出来ないからです。しかし、それでも、このどちらかが真実だということは言えます。事実、生命は存在しているのですから、これが 偶然によるものなのか、意図的な 出来事なのか、どちらかしか無いからです。わたしたちはどちらかの答えを選ば なくてはならないのです。